沿革

提供: Wikipokpok

浄久寺
  1. 沿革
  2. Gallery
  3. 本堂庫裡建設工事
  4. 二十三世晋山結制・本堂庫裡落慶法要アルバム
  5. 浄久寺檀信徒アルバム
  6. 安養寺檀信徒アルバム
  7. 写真のアップロードの仕方
山号 
青原林 三峰山
寺号 
浄久寺
宗派 
曹洞宗
所在 
広島県庄原市
本尊 
聖観世音菩薩
開山 
鼎庵宗梅大和尚(徳雲寺二世)
開基 
大富初代 宮氏七代 宮上総守高盛
中興開基 
下尺田屋 近藤五良兵衛
沿革 
天文三年(1534 織田信長の生まれた年)地方豪族宮氏七代高盛は、大富城築城の翌年、一族の菩提寺として、物見が丸の中腹の寺域相応しい清水湧出する地に伽藍を建立。領内の徳雲寺三世木中桂抱大和尚を拝請、徳雲寺二世鼎庵宗梅大和尚を勧請開山として法幢を開いた。
山号の由来 
木中桂抱大和尚は開基宮高盛公から山号の命名を頼まれ「高盛公は久代と五品嶽と大富の三つの城を持つ、よって三峰山と称されるが良い」と仰せられたといわれる。
勅使来山 
当山二世木柱桂抱大和尚と、四世光山善智大和尚はそれぞれ、覚海道智禅師、徳紹為紋禅師の禅師号を、宮中から下賜されている。したがってこの二度にわたる勅使の御来山があり、勅使門が建立されたという。この勅使門は現在の山門で、元の位置は現山門より一段下にあった。十七世蔵宗大和尚が諸堂改修の際に現在地へ移転したが、その門のには大富城北門の扉がそのまま使用されている。また本堂には上段の間がもうけられ、直参内の御袈裟二領が伝承保持されていたという。然し現在はそのどちらもない。
個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ツールボックス