利用者:ますちゃん
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== 設計者の横顔 ==
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プロフィール
- 設計者
- ますちゃん
- 一級建築士
- 応急危険度判定士
- 農繁期には実家で米作りに専念(ハデ干しコシヒカリにこだわる)
- 決して真面目な性格ではないと思う
- 友人、知人の多さには自信がある
- とりまく環境も認めてくれると思う
- 技術の高さ?後から人が認めてくれるものだと思う
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略歴
- 1961年(昭和36年)
- 広島県北部に生まれる
- 玄関を開けると和牛のいた家畜同居の農家に育つ
- こんな経験のある設計屋は少ないだろう (^○^)
- 囲炉裏のある草葺屋根の家、生活してきた人しか解らない長所と短所を知る
- 県北部の冬は厳しい
- 小学校時代、中学校時代と大自然に囲まれ育つ
- 中学時代は陸上部で活躍していたことを今の体型からは家族も信じない
- 勉強というもので苦労したことや努力した記憶がない
- しかし大人になって痛い目にあうことをこのときは知る余地もない
- 1980年
- 広島県立三次工業高等学校 卒業 建設科(建築コース) 恩師 中山先生
- 今の私があるのは間違いなく、恩師のおかげである
- 当時の荒くれた工業高校時代を知っている友人は謹慎歴ゼロの私をウソツキと呼ぶ
- だが、本当にない
- 実はこの時期から「お勉強」が好きになる
- 特に「実習レポート」を書くことは苦にしたことがない
- 1980年
- 山根木材株式会社 入社 建設部配属 木造建築の現場員となる
- 建売、分譲住宅のブームでもあり、嫌でも多くの現場を担当させられる
- これにより木造住宅の段取りや納まりを嫌でも知ることになる
- 主に数寄屋な住宅に興味を持つ
- 現場員時代に「整理整頓賞」と「技術向上賞」をもらったことがある。(実話)
- 建築現場は「美しく」でないと許されない。美しいものは大好き。
- この頃は大工になりたかった(何でも自分でやってみたくなる)
- 自主退職し本当に大工に弟子入りする。しかし当時の社長に連れ戻される。
- 今ではとても感謝している、恩返しがしたいと本気で思っている。
- 現場員時代に某神社の神殿工事に携わり社寺建築に興味を持つ
- 1985年
- 長岡木工株式会社 住宅部配属 営業・企画担当 二級建築士取得
- 入社当時は研修の兼ねての工場配属となり造作材の加工や塗装工程、
- 資材の商品の配達を経験する(造作材の加工は好きだ)
- 工場勤務は嫌いではなかったが志願し、ルート営業となる
- 月の半分位は県外への出張時代を過ごす
- 京都、和歌山方面の担当となり地方の旧家に巡り会える貴重な体験をする
- これは間違いなく後の大きな力となる
- しかし体力の限界を知り、疲労性の蕁麻疹となり撃沈
- 夕方、散髪に行った帰り道に原付バイクで交差点に突入し、また撃沈
- 記憶にないのだが私が信号無視で突入したらしい
- このままでは人生が危ないと本気で思う
- 営業時代デスクワークで図面を描いていたら当時の社長から図面を描きたいのなら
- 設計屋になれと言われる(今ではありがたいお言葉だったと思う)
- 1991年
- 有限会社チャオキ(旧 茶置住宅) 設計・営業担当 一級建築士取得
- 茶置社長は山根木材時代の上司でもある
- 木造のこと、人間的なことを教えてくれた素晴らしい人である
- 独立のための準備を目指す
- 主に木造の増改築の設計と施工
- 後に営業と設計を担当
- パソコンでの見積やCADに興味を持つ
- jw_cadの虜になる(当時はDOSもの)
- どうしても自分で設計の業務をやってみたくなる
- 1997年に一級建築士免許の取得(当時の建設大臣は亀井静香という貴重な一品)
- 一級建築士取得には恩師山本先生にお世話になったことを記録しておかなければ
- 1998年
- マスモリ建築設計 創業 独立開業 一級建築士事務所
- 貧乏との戦いが始まる
- 施工会社の手段も選択肢だったのだが設計業務にこだわる
- 2000年
- 安佐南区八木に事務所スペースを確保
- 当時の長岡木工(株)三浦社長(現三浦会長)の計らいによるより八木展示場内へ
- 2001年
- 現在の事務所へ
- 古民家を利用した共同事務所にて日々業務進行中
- 行動範囲は広く、広島県内を活動の範囲としている
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振り返れば
- 私は自分の努力半分、あとは「まわりの環境」や「人」で成り立っている。
- 人に感謝することは大事だと思うし子供達にも言う。
- コンビニのレジでも「ありがとう」と必ず言う。
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事務所
- 事務所を訪れた人は、とりあえず驚く。 (^○^)
- 「え、ここが事務所?」と。
- 古民家の改造は古民家を知っている人でなければ設計はできないと思う。
- 共同事務所はマンションの一室よりも楽しく情報も豊富である。
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ちょっとの自信
- 学歴的にも自慢できる物は何もありませんが、
- 工業高校卒業以来、現場員、工場内作業、営業、企画、設計と「木造」に携わる職場で仕事をこなしてき:ました。「木」も当然のことながら自然素材を多用し、新しい時代の木造の建物を考えて行きたい。
- 特に自慢する学歴はありませんが「住む人の視点にたった家造り」には自信がある。
- 設計者の満足だけで住宅を考えてはいけないと思う。
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言い訳と挑戦
- 工業高校卒の私には一級建築士取得は、苦労の連続でした。
- 応援しますよ、大学の専門を出ていなくても建築士を目指す人。
- 負けないで。 (^○^)
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実績、代表作
- 木造3階建ての家 皆実町・XX邸
- 紫水の里・西城HM邸
- 「遊び」と「憩い」の空間、廿日市・SK邸
- 極小地に立つ木造3階建ての家 皆実町・MT邸
- 大規模二世帯住宅増改築 緑井・HX邸
- 「新・旧融合、山間地で現代を楽しむ」家 ※現在進行中
- 三峰山、清源林、浄久寺本堂庫裡建設工事 ※現在進行中
- 寺院建築の実績はありませんが、たぶんこの作品が後の代表作となることでしょう
- (wikipokpokの浄久寺本堂庫裡建設工事の設計・工事監理の分野を担当中)
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その他
- ヒューマンアカデミー広島校にて建築、製図分野の非常勤講師を経験
- jw_cad for Windowsの個人レベル講座の経験有り(過去生徒数30名程度かな)
- jww広島を創設したが失敗、消滅の経験有り(いずれ復活の可能性あり)
